2017年8月17日木曜日

人間原理

多次元宇宙
多次元宇宙の時空モデル
http://f.hatena.ne.jp/lastline/20060716165109



学生だった頃、エミリオ・セグレの「X線からクォークまで 二十世紀の物理学者たち」(みすず書房)を愛読した。セグレは、1958年に反陽子の発見によりノーベル賞を受賞したイタリア生まれの実験物理学者で、この本はX線の発見から相対性理論と量子力学の誕生、素粒子物理学の発展まで、20世紀物理学の歴史をキューリー夫妻やラザフフォード、アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルク、シュレデインガーなど著名な物理学者の人物伝で綴っている。その後、自分の物理の知識はだいたいこの本の範囲内で、宇宙論を含むその後の進展については、内容が抽象的かつ難解過ぎて興味を持てないでいた。
 この夏、数学や物理の分野で多数の翻訳がある青木薫さんの著書宇宙はなぜこのような宇宙なのか?人間原理と宇宙論」(講談社現代新書)を読んだ。この本は、時空の誕生とビックバン、膨張宇宙モデルなど現代の宇宙論について、数式を一切使わずにわかりやすく解説してくれる。その主眼は、本のタイトルにあるように、「この宇宙は、人間に都合が良いように出来ている」という一見トンデモ科学のような内容。この考えが現在の物理学者のあいだで急速に支持を広げているという。人間原理とも言われるこの考えは、宇宙のあり方を決める物理定数が、いまあるものと少しでも違うと宇宙を観察出来る我々は存在しえない、という疑えない事実に基ずいている。その背景には、我々が存在する宇宙以外に、生命が誕生出来ない多数の宇宙が存在するという多宇宙モデルがある。つまり、多数ある宇宙のうち、我々が生まれた宇宙はたまたまそのような宇宙であった、ということ。万物を統一的に説明出来るとされる新しい理論、いわゆる「ひも理論」もこのモデルを裏付ける。
 物理学を初めとするこれまでの科学では、それを作った人間に左右されない客観的事実のみを扱う、というのが常識だったのが、現在の物理学は、「現宇宙のあり方に、人間の存在が深く関わっている」というものへ変化するパラダイムシフトの渦中にあるという。物理の視点から言えば生命の誕生は奇跡に見えるが、生命が居ない多数の宇宙を前提とすればさほど不思議でない。我々が化学的世界でしばしば経験するstochastic効果(ミクロスケールで観察されるごく稀な出来事が、マクロスケールの現象を前提とすれば当然起こりうる)が、生物と宇宙の関係にも当てはまる、と考えれば腑に落ちる。ただし、多宇宙モデルは、純粋に数学的に導かれたもので、我々がこの宇宙にいる限り、決して別の宇宙を観測することは出来ないので、(著者も言っているように)これを科学と言ってよいものかどうかについては疑問が残ります。